その宝箱は 街から少し離れた森の中にあって
わたしたちからは イナフと呼ばれていた
中には 開けた者を満足させるものが入っているのだと聞いていた
わたしはいつも寂しくて仕方なかったから
イナフを追って森に入った
初めの7日間 イナフと大喧嘩と仲直りを繰り返した
わたしはたくさん泣き 笑った
次の7日間 イナフはわたしの名前を呼び続けた
わたしは答えず まだ 森にいた
次の7日間 イナフは「そうか」しか言わなくなった
わたしはイナフの方を見なくなった
ある日 イナフが鍵を落としたまま眠っていた
わたしは迷いなく イナフを開けた
中にあったのは イナフの小さなプライドだった
カラン、と一音を鳴らし それは消えた
「イナフ、さよなら」
わたしは ひと月前 空っぽの宝箱だった
わたしの中にいろんなものが増えていき
イナフはすべてを引き継ぎすべてを失った
森を出ていくわたしに イナフはお別れを返した
「さよなら、イナフ」
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